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 「朝光」  第3回『四季の彩り』展(1990年) 出展作品

会員No.189046 加賀谷一三

撮影地:更埴市(現 千曲市)

カメラ:6x7   

 

「朝光」は、1989年、私がPFJに入会して間もない頃、入会を勧めてくれた先輩から、入会したからには写真展に出展する写真を撮らなくてはいけないと言われ、どこか自分の知っている撮影地はないか? と聞かれ、今時分であれば以前住んだ事のある長野県更埴市(現 千曲市)の森のアンズの里なら知っている。そして、そこに住んでいる友達もいると答えたら、「今すぐに連絡してそこに行って撮影してきなさい」と言われ、その場で地元の友達に電話し開花状況を尋ねたらもう咲き始めているとのこと、(4月10日頃)今度風景写真を始める旨を伝えると、久し振りだからうちに泊まりに来れば良い、車も貸してやるから好きなだけ撮って帰ればいいとのありがたい言葉に甘えることになった。

さて、アンズの里に行くとそこはまさに花園、アンズの花で埋め尽くされていた。しかし、人工物を入れないでの撮影はかなり制約があり、観光地でもあるので人出も多くなかなか思うようにシャッターが切れない面もあった。そんな中、青い山肌にアンズの花が浮かび上がるこの場所を見つけ、先輩や旧友に感謝しつつシャッターを切ったことを、今、懐かしく思い返している。そして「朝光」は、私の風景写真展のデビュー作品となった。

当時、高速道路はまだ整備されていなかったが、現在は長野自動車道や上信越自動車道が整備されている。二つの高速道路が合流する更埴インターから車で10分ほどの距離にあります。

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 「想」  第3回『四季の彩り』展(1990年) 出展作品

 

会員番号:188047 中尾博妟

場所:八甲田山

カメラ:6×4.5

東北地方の風景の奥深さと厚みに加えて色彩の豊かさに魅せられ、 1986年から1995年 まで八甲田、八幡平方面を中心に新緑と紅葉を求めて撮影に出かけました。 

私は風景を撮る際、自然とその奥にある本質と内実の神秘性をうかがえる様な表現が出来れば理奥的と考え、又同時に作品には 精神性の高さ、宗高さ、壮大さとパワーが 肝要と思っておりますが、 現実は仲々思うようにはいかず今日いたっております。「想」は1988年10月10日、八甲田の田代平で出会ったぶなの原生林です。林に入ってすぐ感じたことは、大聖堂の中で聖なる 空気に包まれたような気分に なったことです。

巨木が点在し、それを 若木がとりかこみ、古代よりとてつもなく長い年月にくり返された輪廻の中で林が形成されており、神の采配としかいいようがないと思いました。古代人も活きる中で見てきた風景ではないかと想像致しました。

 黄葉の林ですが、 幹を本体に据えて清浄感を表現したいと思い、又太くて風格のある古木は他を圧する存在感があり、囲りの細い木々はまだ若くて明 るく希望のある未来を表わすものとしたいと考えて光り輝く黄葉をあえてひかえめにして木々のリズムと大地を撮ることにしました。私の精神の風景写真でしょうか? 

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第6回展 「霧 煙」より

氏名:倉田靖彦

撮影地:静岡県伊豆市

カメラ:6×6 250mm

PFJ入会4年目の第6回展に出展したこの作品「霧 煙」は平成4年日本ハッセルブラッドフォトクラブ主催の伊豆方面撮影行に参加した折に温泉宿最上階から撮った作品です。

私の撮影スタイルの一つに、宿に着いたら先ず一番先に行くところがあります。それは宿の屋上やテラスからの風景や月暦などの条件を読み良ければその瞬間を撮る事にしています。

この日は朝食前に非常階段にカメラをセットし山腹に咲き誇る山桜を撮影、やがて雨は止み薄日が竹林を照らし始めた時、しっとり濡れた色濃い桜の樹々から突然霧煙が立ち昇りました。ときめく胸を押さえながら霧中でシャッターを切るが僅か3カットで霧煙は消え去りドラマは一瞬にして終わったのを記憶しています。

なお、別の月写真は今年のPFJ撮影会で早朝4時半宿のベランダから桜咲く山裾に沈む満月を撮った作品で事前情報を読んだ結果の作例です。

所で、入会7年目1996年12月号のアサヒカメラで竹内敏信監修による新・風景講座「撮影テーマの絞り方を探る」の対談にアマチュア風景作家3人の中に選ばれ、対談形式で各自の作品50点以上を見て頂き竹内先生からのコメントを戴きました。人が自然に接した時、精神を環境に溶け込ませて対象を見るということが大切。それが一番自然なことで、そんなメッセージが私の作品から伝わってくるというお言葉を戴きました。その折、私なりに写真を撮る5カ条を紹介させて頂きました。それは1.「作る写真から発見する写真を」2.「自問自答の持続を」3.「没個性からの脱却を」4.「継続は力なり」5.「写真バカにならないための努力を」などで今も常に心がけています。

顧みるにこの6回展では126点が出展され、この頃は山岳写真家川口先生とまだ50歳の若さで日本の風景写真界を牽引する竹内先生との両輪による指導で緊張と充実した例会が懐かしく思いだされます。

今回この企画により風景写真に対する考え方や発表の決意などを今一度振り還る良い機会を与えて頂いたことに感謝すると共に、今後はデジタル時代に相応しいデジタルならではの風景写真に挑戦してまいりたいと思っています。

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「流れる」    

第6回『四季の彩り』展(1993年) 出展作品

会員No.191011 御子柴 正義

撮影場所:新潟県銀山平枝折峠

カメラ:マミヤRB6x8・210mm

 

早朝、日の出前に枝折峠に到着した。日の出前の山間に霧が静かに流れる光景を見て、驚きと嬉しさに小躍りして何カットもシャッターを切った。このような神秘的と云える光景に出会ったのは初めてのことで、深く感動した。初めての訪問で滝雲に出会えるのは僥倖とも言われ、同行頂いた先輩、米津さん(元会長)、小俣さん(元副会長)に大感謝であった。

今思えば、この撮影行を契機に、10数年にわたり撮影行にご一緒させて頂き、東北地方のブナ林の魅力に魅せられ、南会津や鳥海山周辺の森の撮影に没頭していった。多雪地帯で風雪に耐え身をよじる巨木に出会い、その姿に凄みや神秘性すら感じた。吹雪が幹に張り付いた林、樹間がシダに覆われる風景、秋に葉を落とし幹が白く光る樹林、豪雪の重圧と戦った証の根曲がりの大木などは好みの被写体で、多くフィルムに残すことが出来た。また、先輩からは写真を撮る心構え、技術的なことも含めて勉強させて頂いた。今日までつつがなく写真に没頭することが出来たのも、如何に人と人とのつながりが大切であるかを教えられたのも、PFJでの写真活動の賜物であると感謝している次第です。

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「渓間厳冬」   

第7回『四季の彩り』展(1994年) 出展作品

撮影地:福島県舘岩村  カメラ:6×7 80mm

 

奥会津地方は福島県南会津町(広域町村合併で旧田島町、南郷村、伊南村、舘岩村を含む)と隣接する桧枝岐村、昭和村、下郷町等を指すが、北に磐梯朝日国立公園、南に日光ならびに尾瀬国立公園という名だたる風光の狭間にありながら、これまで交通の便が余り良くなく(鉄道は東寄りに単線の第3セクター、道路は大型バスの通行困難な場所が多い)山村にあって、それが故に自然と共存する貴重な生活が保たれて来ていた。30数年前は竹内敏信PFJ元常任講師が時に撮影し新聞雑誌に発表して、徐々に脚光を浴び始めたところであった。所々の集落にはまだ曲がり家(農耕用家畜と農民が同居する家屋)の茅葺が散見された。「この自然の中で人々がどのように生活しているのか、そして人々の暮らしと自然が織りなす光景を画像を通じて様々な角度から捉えることの出来る数少ない地域ではないのかと感じている。」(竹内先生)

 この地域は文化的にも朴訥で純粋な人々に育まれて、歳時記の郷といわれるように伝統的な行事を伝承して古いものを大切にし、学問を重んじ、詩歌や歌舞伎(桧枝岐村、旧田島町には現存する)などにも長じている。私ども撮影仲間では一時期、大農家の一画にあった茅葺の離れを借りて撮影の拠点にしたこともあったが、今も地元の方々とは交流している。四季折々に様々な場面があるが、特に冬季の風景は素晴らしく、このような光景を随所に見せて呉れる。

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「雨氷」

第7回『四季の彩り』展(1994年) 

会員番号 192031 行川 英之

撮影場所:長野県中央アルプス 

カメラ:ペンタックス6×7 90mm

 

 中央自動車道を利用して菅の台バスセンターへ到着後、ロープウェイが凍結運休と知り、毎回3泊しているのでホテル千畳敷に連絡しバスセンター近くに宿泊。翌日ロープウェイが開通、しらび平駅への車中からポイントを探し、道路脇に大きなツララが見えた。それからしらび平駅に着きロープウェイで千畳敷着。ホテルの部屋から外を見ると今まで見た事のない風景が。光を見て翌日に期待、ホテルを出て雨氷を撮る。樺の枝に付いた雨氷の擦る音が神秘的で良かった。帰りのバスで見えたツララ近辺のバス停で降りたが、ツララに当たる光が悪く断念し帰路についた。翌月ホテル千畳敷へ。今までと変わり映えなく早々と帰りのバスに乗りツララ近辺のバス停へ、今度は川べりに降りて探索すると川岸の岩に付いた氷が雪豹に見えたので撮った。それが第8回展作品に取り上げて戴いた「渓流傍」です。

 雨氷は1月~2月にあるそうです。もし行かれるようでしたら、アイゼン・かんじきを持参してください。山のガイドと数人が雪崩でお亡くなりになっております。ここは山の四季を手軽に感じ、又山を縦走しながら被写体を探すのも良いです。

 2020年1月現在、駒ヶ岳ロープウェイが支柱の変形でホテルも当面休業です。

駒ヶ岳ロープウェイ TEL 0265-83-3107

 

ホテル千畳敷    TEL 0265-83-3844

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「落日」

第8回『四季の彩り』展(1995年) 出展作品

会員No.190017 板尾 浩

撮影場所:長野県茅野市北八ヶ岳坪庭

カメラ:4×5inch 400mm

 

1986年11月、あるプロカメラマンのすすめで4×5inch判のカメラを買いました。そのころ撮りたかったのは山岳写真でしたが、休暇は取れず、土日に『武蔵野』を撮ろうと出歩く程度でした。ただ年末年始は、北八ヶ岳で過ごしました。『落日』は、その頃の1枚です。

そうした時期、富士フォトサロン(有楽町高速道路下)で開催されていた第3回『四季の彩り』展の会場前を偶然に通りかかり、即入会を決めました。1990年1月のことです。この時、展示作品114点のうち36点が4×5inch判によるものでした。何らかの技術的指導が受けられると期待しての入会で、上高地・乗鞍、奥志賀の撮影会に参加しました。

自身の撮影は、なかなか軌道に乗らず例会に出席するようになったのは、1994年に入ってからでした。この『落日』は川口邦雄先生に合格印をいただいたものですが、第8回展で竹内敏信先生の作品が同じタイトルで、気まずい思いをしました。

私にとって初めての公の場への出展でしたが、会場当番に当たった日、阪神淡路大震災が発生しました。一級建築士として建設会社に勤務していた私は4月から大阪勤務となり、これが大きな転機になりました。『大和を撮る!』と決め、奈良市内に住居を構え、毎週末、車で奈良県内を回り、いくつかの作品を『四季の彩り』展に出展しました。その後は、人文的な風景写真を指向するようになりましたが、大判カメラを始めて間もない頃に冬の縞枯山荘、麦草ヒュッテ、高見石小屋などを泊まり歩いていたことを懐かしく思います。

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「雲立ちぬ」

第8回『四季の彩り』展 出展作品

会員No.194028 佐藤 陽子

撮影場所:山梨県河口湖付近

カメラ:6×7 レンズ:135mm

 

日本の国は四季に恵まれ、桜や富士山が人の心をとらえ、讃えられてきました。 

趣味として、重たいペンタックスの67を担いで、山々を歩き、フイルムで撮影しました。 

掲載させて頂いた「雲立ちぬ」は、河口湖周辺で、三つ峠や浅間山あたりを歩いている時に、空を見上げると風に吹かれて漂う白い雲がデザインされた様に漂っていました。

厳しい自然の環境の中で、ふと振り返ると、その風景はデザイン化され心に焼き付きました。風景写真をデザイン化する事が楽しみとなり、そこに感動も交えて撮影したいなと感じています。

花壇や水辺などでも、感動するデザインを見かけます。 是非、お試しください。

時代は進みデジタル化され、デスクの上でパソコン加工出来ます。でも、昔受けた感動が忘れられません。

 これからも、野山を駆けずり回り、自然からの感動の恩恵に浴したいと願っています。

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 「高原の初夏」 第9回『四季の彩り』展(1996年) 出展作品

 

会員No.194060 石井栄美子

撮影場所 八千穂高原

カメラ ペンタックス645  120mm

八千穂高原(長野県佐久穂町)は、白樺林の美しい高原です。5月下旬から6月初旬にかけて白樺の間を花々が美しく彩ります。この写真はPFJに入会して間もない頃、白樺とレンゲツツジの共演を求めて撮影に出かけた時のものです。早朝、駒出池キャンプ場付近に行くと、霧の中に白い花をつけた木が現れ、奥には白樺とレンゲツツジがそっと色を添えていました。幻想的な光景に心を震わせて撮影した一枚です。後日この木の名前を調べましたが、よくわかりませんでした。この頃の駒出池の辺りは、新緑とツツジ等の花が色鮮やかに大変美しく、目を楽しませてくれます。

レンゲツツジが咲く前にはピンクのトウゴクミツバツツジが咲き、これも白樺とよく似合う花です。数年後に再び訪れた時は、霧の中のミツバツツジがちょうど満開でした。その時の写真は、第23回(2010年)作品展に出展しました。最近の現地の様子は分かりませんが、初夏の八千穂高原は、自然に触れて憩うだけでもお勧めです。

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「緑沼」

第10回『四季の彩り」』展(1997年) 出展作品

会員No.196007 中田 利昭

撮影場所:福島県裏磐梯五色沼

カメラ:ペンタックス645 レンズ:150mm+2倍コンバーター

 

この作品は、私がPFJに入会(平成8年)して、初めて出展した思い出の作品です。水に映る新緑のみどりと水のブルーが調和して「いやしの写真」として、長くわが家のリビングに飾ってありました。この作品は平成8年5月、写真仲間10人と福島県裏磐梯五色沼に撮影に行ったときのものです。6月1日天気快晴、毘沙門のブルーの水が美しく、みどろ沼もグリーンとブルーが美しかった。ペンタ645に150ミリレンズと2倍のコンバーターを付けて「みどろ沼」で撮った作品です。グリーンの流れのようなのは新緑が水に映って、一瞬の風で流れが出たときに偶然に撮れたものだと思います。新緑の時なら何時でも撮れる写真ですが、被写体が天候とか風など色々な条件が重ならないと撮れないので、撮ろうと思っても撮れないかもしれません。PLフィルターをつけて反射を抑え、ひかりの屈折を利用して撮影しています。「色」は「物」より「いやし」になります。是非挑戦してみてください。

なお題名の「緑沼」は実在の沼ではなく、単なる作品名です。

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「池塘」

第11回『四季の彩り」』展(1998年)出展作品

会員No.196023 村上治義

撮影地 群馬県尾瀬ヶ原

カメラ:6×6  レンズ:150mm

 

1998年7月、初めて憧れの尾瀬ヶ原に出かけることができた。PFJに入会して2年後のことである。鳩待峠から山の鼻、竜宮十字路を経由して見晴十字路まで約10kmの木道を撮影のポイントを探しながら歩いた。7月と云えども爽やかな風が吹き渡る尾瀬ヶ原は、心地よい柔らかな光景で心を和ませてくれる。

燧ケ岳山麓の見晴十字路まで進み、尾瀬小屋で一泊して翌朝早朝、薄暗い木道を1.6km程歩き、美しい池塘が点在する竜宮十字路まで戻った。白い羊草の咲く形の良い池塘を探し、それに広大な湿原が広がる背景を選んで三脚を立てた。幸いに山の奥から雲が垂れ込んできて湿原の雰囲気をより醸し出してくれた。あたり一面静かな緑一色の光景は、まさに別世界に佇んでいるようだ。燧ケ岳を背にして、竜宮十字路を右折すると、さらに大小の池塘が点在していて、日光キスゲや綿スゲが群生しており、撮影ポイントにこと欠くことはない。東電小屋を通過してさらに進むと、尾瀬ヶ原の水路を一ヶ所に集めて只見川に流れ込み、荘厳な平滑の滝・三条の滝を見ることができる。

尾瀬ヶ原にはその後十数回訪れたが、どのシーズンに行っても、霧が立ち込める朝の幽玄な光景には心を打たれて忘れることができない。

今月の一枚 9月度

 

「  峠にて  」 

会員番号212008 平野 和彦 

撮影地:群馬県前橋市赤城山

撮影日:2020年9月11日 

カメラ:中判デジタル

レンズ:100~200㎜

 

早朝、車にて自宅を出発すると数分で、雄大に裾野を広げる赤城山が眼前に現れます。その頂の直下に佇む大沼と覚満淵を目指して

車を進める間、関東平野を見守るかのように赤城の山体はその姿を大きくしていきます。

県道を登り詰めた鳥居峠では、幸いにも濃淡のヴェ-ルに覆われた大沼と覚満淵が迎えてくれました。はやる気持ちと息づかいで

ファインダ-も白く曇り気味になりましたが、既に山上では夏の面影は薄れ、足元の草葉も白露に濡れて次節の到来を教えてくれました。

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石井敏昭・追加写  HP用.jpg

「暁雲」   

第11回『四季の彩り』展(1998年) 出展作品

撮影地:千葉県手賀沼

カメラ:6×6 レンズ:150mm

 

 爽やかな秋晴れの日に、手賀沼周辺を家内と散策した。その時、目に飛び込んできたのが沼のほとりにそびえる立派なポプラ並木。沼の対岸から眺めると、当時使っていた6×6判のスクエアの画面にぴったりだ。後日天候を見計らい、日の出前に出かけた。そこには以前旅行中に見た、車窓からの夜明けの素晴らしい色合いを思わせる光景がそこにあった。我を忘れ夢中でシャッターを切り続けた。この時の作品を例会に出品したところ、常任講師の竹内敏信先生から「しばらくここにこだわって写してみては」とのアドバイスをいただいた。その後、季節を問わず通い続けた。ある日いつものように行ってみると、そこにあるはずのポプラ並木が見当たらない。あまりの衝撃にしばし呆然と立ち尽くした。聞くところによると、地元高等学校の卒業記念の植樹だったが、あまりにも大きくなり台風による倒木の恐れがあるので、伐採してしまったとのこと。別掲の写真は4×5インチで写したものであるが、これは全紙に伸ばし、現在国立国府台市川病院に展示している。この展示中に若い女性がしきりにスマホで写していたので、今ではもうこの景色は見られないことを告げると、「私も是非見たかったのにとても残念です」と言われた。ポプラ並木のその時々の風景は、私にとって今では忘れられない心に残る大切な思い出になっている。

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「朝光に輝く」  

第10回『四季彩り』展(1997年) 出展作品

会員No. 196018 竹山 浩

撮影地 長野県上高地

カメラ 6×4.5  レンズ 80mm

 

西銀座にある富士フォトサロンで開催されていた『四季の彩り』展を毎年見学するのを楽しみにしておりました。全紙で展示されている迫力ある作品群、その美しさと高度な技術に圧倒されておりました。勧められて1996年に入会いたしました。第10回展に応募入選した作品「朝光に輝く」は入会以前(1993年頃)に撮影したものです。

自己流で撮っていたものが多い中でもこの作品は納得できるものでした。5月初旬薄暗いうちに田代池着。少しずつ明るくなるにつれて樹々の枝先や地表もようやく萌えだした緑の下草も真っ白に霜が降りて寒さに凍えているようでした。例年より春の訪れが遅かったようで、思いもよらない風景が展開しました。チャンス到来と、カメラをセットし、待機。やがて陽が射し始めるとともに溶け出しキラキラと輝く様は言葉では言い尽くせない光景でした。短時間ではありましたが、夢中でシャッターを切り、最後にカメラを大きく左に振って撮ったのがこの作品です。刻々と変化する情景は美しく、感動したのを今でもはっきりと覚えています。初冬の霧氷の風景は田代池の定番でもありますがそれとは違う味わいがあるものと思っております。入会後初めて例会に出席し合格印をもらった記念の作品となりました。

上高地、若い頃は登山目的で何回も通り、日本離れした山と川の織りなす景観は他には見られない風景と思っておりました。カメラを担いで本格的な撮影行は訪れる度に新しい発見があり、その後は季節を変えて撮影、『四季の彩り』にも他に2回出展しました。上高地一帯は特別保護地区に指定され、開発が厳しく制限されていることもあって、最初に訪れてから50年近くなりますが、環境が保たれているのは嬉しい限りです。

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「紫彩」  第12回『四季の彩り』展(1999年)出展作品

会員No.197041 長野 巧

撮影場所 群馬県鬼石町

カメラ 6×4.5   レンズ 80~160mm

 

22年前のこの作品には沢山の思い出が詰まっています。

この「紫彩」という作品は1998年4月29日朝6時頃、群馬県鬼石町で撮影しました。

前日の事、仕事中の道すがら左カーブのガードレールの隙間から紫色が目に入り、車を停めて確認すると大きな桐の花が満開を迎えていました。当時は裏磐梯を集中的に撮影していましたが、この桐の色に心惹かれ29日の撮影地を変更しました。道路面から見ると桐の花を俯瞰する構図となる為、ガードレールを越え急勾配の法面に三脚を立てる事にしました。ところが、雑草に朝露が残っているため足元が滑り、慎重に足を運び漸く桐の花の高さまで下がると、なんと構図の左上隅に鉄塔が入ってきてしまいました。

PFJは人工物は入れず、中判はノートリミングが基本なので、鉄塔を避けるために20cm単位でカメラを移動させ、右下遠くに見える霧の花を添景にし、構図の中での花の割合、奥行感、地形的環境をいかに切り取り表現できるか、ペンタックス645の視野率が悪いのを念頭に撮影しました。

竹内先生より、曇り陽でもPLフィルタの効果は現れると指導を受けていて、その効果を実感した最初の被写体でした。

12・3年後、再度行きましたが、往時の美しさは失われていました。

一期一会をしっかりと切り取り、日本の自然の美しさを写真で残していきたいと思っています。

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「晩秋の奥庭」

第12回『四季の彩り』展(1999年)出展作品

会員No.197047    有道 敏明

撮影場所 山梨県鳴沢村奥庭

カメラ ペンタックス6×7 レンズ 75mm

 

富士スバルラインの奥庭入口駐車場から遊歩道を15分程下り、奥庭荘を過ぎれば撮影ポイントは近い。

「奥庭」は標高2200mの寄生火山跡に広がる自然公園で、少し盛り上がっているため富士山が整った形に見え、荒々しい火山の山肌が間近に眺められる。

この写真は1998年11月8日の夕方に撮ったもので、カラマツの黄葉の盛期は過ぎていたが、前景に枯れた古木を大胆に配しコトラストを強調した。山頂の冠雪が良いアクセントになった。

奥庭入口駐車場の上側の「御中道」付近に広がるカラマツ林一帯が「御庭」と呼ばれており、「奥庭」と同様風雪に耐えて育ってきたカラマツの様々な形と、荒々しい富士山との組み合わせが楽しめる。カラマツの黄葉時期は下界より少し早く、9月下旬から10月下旬頃が良く、撮影時間は午後2時頃から夕方が良い。また、「御庭」から「御中道」を西に向かい、途中数か所の涸れ沢を渡り、約70分程進むと「大沢崩れ」の断崖の威容が眺められる。撮影には足場が悪いので注意。大沢にはガスがかかりやすいので天候の変化にも注意したい。

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「休火山」 第13回『四季の彩り』展(2000年)出展作品

会員No.199061 田村 元紀

撮影場所 山梨県富士スバルライン

カメラ 4×5インチ  レンズ 90mm

撮影は20年前ですが、当時は、竹内敏信先生の例会でのコメントが脳裏をかすめていて、「自然へのいざない・・といった誰でも撮れる観光写真ではない、自分が感動し、写真を見た人の心を動かせるもの」を目指して悩んでいたと思います。もちろん未だ到達できていませんが・・

私は、大学で火山や地質の勉強をしましたが、山岳風景に興味があります。海外でもヨーロッパやカナダのアルプスなどを複数回行っています。顔写真は、2年前、ハワイのカウアイ島上空をヘリコプターで撮影した時のものです。

富士山は、ご存知の通り、いまだ活発な活動が観測されている「活火山」です。宝永大噴火以来300年にわたって噴火を起こしていないこともあり、再び噴火するなど想像もしない方が多いでしょう。

写真は、秋晴れの素晴らしい日に、思い切って富士山に近づいた情景です。逆光に黄葉が輝き、富士山表面の氷も輝き、山頂に残った雲があたかも噴煙のように見えました。「本当は、いつでも噴火できるのだけど、一休みしているのだよ」と言っているように見えて、あえて「休火山」と題名をつけました。

最近は、大判、中判カメラの修理などにも挑戦して、うまく仕上がった物は、興味のある方に譲ったりしています。今後も、写真に関わる様々な出会いを大切にしていきたいと思います。

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「山里の春」

会員No.199059 安藤 晋二

 

 この写真は京都の嵐山、大堰側(保津川)北岸にある亀山公園から撮影しました。天候は花曇り、「山里の春」という題名ですが、全く山里ではありません。有名な観光地でありながらこのような題名をつけてしまい。甚だお恥ずかしい限りです。しかしながら主に奈良と京都で育った私としては、青山麓に散在する山桜の木々が満開になる春の山は、幼心に見た懐かしい里山の心象風景そのもので、とても郷愁を感じます。

 今は写真撮影から少し遠ざかってしまい、例会もご無沙汰しております。近年は何処も彼処も三脚禁止、ハッセルを愛用する者として三脚禁止は辛いものです。以前はご厚意で拝観時間前に撮影できた社寺もありましたが、最近は特別扱いするとクレーム?があるそうで、世知辛い世の中になったものです。

 実は私は写真の他に茶道(表千家)も長く趣味としていますが、茶道にはある伝承があり、「茶の湯にて同じく学ぶべきものは和歌」と云われます。和歌の心が茶の湯の精神に通じるということです。これは写真にも感じます。この春の嵐山も藤原俊成(定家の父)の「またやみん、かたののみの桜狩、花の雪散る春の曙」を想いながら撮影しました。写真にはテーマ性が必要です。

 本年、還暦を迎えましたが、これからも少しずつですが「詠むように撮る」撮影を続けたいと思っています。

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第12回『四季の彩り』展(2001年)出展作品会員No.200009 野瀬哲郎

「緑の滝」  

 

撮影場所 栃木県日光裏見の滝 

カメラ 6×6  レンズ 38mm

 

20年前、P F Jに入会して最初の『四季の彩り』展に出品した写真である。竹内敏信先生の風景写真に憧れて、大中判での風景写真にのめり込んでしばらくした頃であったと思う。仕事の同僚の写真仲間に同行させて頂き、新緑の日光の滝三昧(裏見の滝、霧降の滝、竜頭の滝)に出かけた。作品の裏見の滝は、本滝より脇の滝の方が光の回りも良かったため、広角レンズを使いながら新緑の枝葉を前景に入れフレーミングした。滝にギリギリまで近づいたため、飛沫を浴びるフィルターを何度も拭き直しながら夢中で撮影したのを今でも憶えている。緑の光と滝のシャワーを存分に浴びながら撮影に臨めた幸せな1日であった記憶が残っている。

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徳田桂子.JPG

第15回『四季の彩り』展(2002年)出展作品

「暁光」  

会員No.200008  徳田桂子

撮影場所:福島県裏磐梯

カメラ:ペンタックス645   レンズ:300mm

 

この写真は、PFJに入会し初期2回目に出展した作品です。裏磐梯での初めての撮影でした。前日下見をしておいたが、早朝霧が深くて何も見えず、他の場所へ移動しようかと、あきらめかけた時、突然霧が晴れ、目の前に美しい景色が現われ、夢中でシャッターを押しました。湖の水の色が徐々に変化する様子に、自分の技術が追いつかず、レンズ交換するゆとりもなく、心と手が震えて、あたふたとした記憶が蘇ります。その後の撮影行でも、この時のような幻想的な場面には出会えず、大切な写真の一枚になりました。唯、今回この写真を見ていて、稚拙な点が目に付き、もう一度チャレンジして、完成してみたくなりました。

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第16回『四季の彩り』展(2003年)出展作品

 

「那須岳」

201011 君島幹夫

撮影場所:栃木県那須岳

カメラ:6×7  レンズ:45mm

 

この作品は、2001年私は当時消防職員として勤務し、毎日自宅裏にそびえる茶臼岳(別名、那須岳1915m)を見ながら通勤していました。この年の11月から12月13日までは雪が降りませんでしたが、14日から降り出し、15日には53センチという大雪が降りました。そんな次の日の日曜日は晴れ、夕方きれいな夕日に照らされた那須岳が見えるぞと思い、おだやかに夕日の照、夕方これはチャンスとばかり車で大丸まで行き、1時間アイゼンをつけ那須岳牛ヶ首まで歩き、3時30分から1時間30分待って撮影した作品です。帰りは懐中電灯片手に下山してきました。

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第16回『四季の彩り』展(2003年)出展作品

「波 濤」                      

201016 玉川 修

撮影場所:静岡県西伊豆町浮島海岸

カメラ 6×4.5   レンズ 160mm

 

この写真はPFJ入会時のもので(編集者の注文)、古いPENTAX 645で撮りました。

早春2月午後、西伊豆の浮島海岸は台風並みの低気圧で風雨激しく、大波が押し寄せていました。しかし、中判カメラ初心者の私はフイルムを幾度も替え、三脚を石で固定し、露出やピントを様々に変えて、夢中で撮影していました。ふと気付くと岩陰に避難している写真仲間の冷たい視線があったのです。あわてて移動準備にかかりましたがその時、雲が割れ始めたのです。「夕陽が来るぞ」と叫び撮影会は続行となりました。

 後日、先輩から傑作があるぞと言われ、例会では竹内大先生から「始めて数年でこんな写真撮れるものかね」との讃辞(?)も頂きました。 今思うと、世の中はデジタル写真の時代になりましたが、写真はビギナーズラックのこれ以上のものはありません。当時の出来事が懐かしく、鮮明に思いだされるのです。

 追伸、何年か前にも会報に書いた覚えがありますのでお気づきの皆様には予めお許しを願っておきます。

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あの日あの時 (図録収録作品より) ―写しとめてきた日本の自然風景―            

「池 塘」

会員No202026 佐藤 泰彦

群馬県尾瀬ヶ原

カメラ 6×4.5   レンズ 55-110mm

 

「初めての尾瀬ヶ原」                

この写真はPFJに入会して、最初の写真展の作品であり、私史上でも意味ある写真です。私の写歴は“中3”の後半頃から始め、その後社会人となり仕事が多忙を極めていく中で、いつの間にか写真から離れてしまい、会社定年が間近に見えてきて、後のライフワークとして写真を再開することとし、35㎜判カメラを新調し撮影し始めました。そのような時期に縁あっての知人から、大・中判の写真団体のPFJに入会の勧めがあり、急遽6×4.5のカメラを購入、その知人紹介にて2002年度の入会が叶いました。

入会後すぐの1月「四季の彩り展」に出展OKとなり、中判写真が皆無のため作品創りに奔走することになり、“新宿御苑”など都内の公園など行きつつ、もっと自然の風景写真も撮るべく、季節の風景としては難しい8月のお盆の頃、尾瀬ヶ原に始めて行きました。

都会は未だ真夏の盛りですが、尾瀬ヶ原はそろそろ秋になる季節で、そろそろ秋を思わせる様な花々が咲き始めているのを撮りながら、帰途につきがてら池塘を眺めつつ歩を進めて、ふっと見たらヒツジグサが池塘の浮島を縁取りしているさまが気になり撮影した一枚です。竹内敏信先生の例会に出品しOKをいただき、これを含む4点を写真展に応募し出展作品に選ばれました。

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あの日あの時 (図録収録作品より) ―写しとめてきた日本の自然風景―            

西隈和晏

 

6×6カメラを使い始めて間もない頃、散り際には黄金色に輝く唐松を求めて、冬季閉鎖直前の上高地に入りました。小梨平から明神池方面へ向かう道すがら振り返ると、明神岳中腹に傾きかけた陽を受け、輝きを増したこの唐松に出会いました。

現像後、下の黒い部分が気になり、例会への提出は2年後でしたが、竹内先生の評価を得て『四季の彩り』展への出展になりました。

私は6×6のフォーマットを色紙に見立て、レンズを通して日本画を描く気持ちで撮影をしていますが、風景の「細やかな」部分を切り取るのには、適したフォーマットだと思っています。 

今は、ミラーレスカメラに持ち替えていますが、最初手にしたカメラはベスト判で、距離は目測、露出はフィルムに添えられた説明書を参考にしながら感で、フィルムの巻き上げはボディー背面の丸窓から、フィルム裏紙に記された駒数を慎重に確認しながら行うものでした。今はではシャッターを切った瞬間に、ファインダー内で仕上がりを確認できるようになりました。50年程前に夢のカメラとして、カメラ誌上で写真家が未来に期待した全自動カメラ(自動焦点・自動露出・フィルムの自動巻き上げ等)を遥かに凌いでいます。

フィルムで得られた現像までのわくわく感、仕上がりを見て「やったー」というあの感動を、今は懐かしくも思います。

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あの日あの時 (図録収録作品より) ―写しとめてきた日本の自然風景―            

「爛漫」

会員No.202006 本田君子

 

第18回『四季の彩り』展(2005年)出展作品

撮影場所 長野県高遠町

カメラ 6×4.5  レンズ 80×160mm

 

私がこの写真を撮ったのは写真を始めてから間もない頃だったと思います。前夜から出かけて早朝に着きました。初めに高遠城址公園を散策してから、向かいの高台のお堂の所でこの素晴らしい桜に出会いました。その日はとても良いお天気で、桜がとても美しく見えました。あまりにきれいで、しばらく座って眺めていました。そしてカメラをセットして撮ったのがこの桜です。「とてもきれいね」とお友達から言われて、知り合いで美容師の方から、「この写真頂けませんか!」と言われて差し上げました。今でも美容院に飾ってあります。

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あの日あの時 (図録収録作品より) ―写しとめてきた日本の自然風景―            

「滑床渓谷」

会員No.203006 山元秀夫

 

第19回『四季の彩り』展(2006年)出展作品

撮影場所 愛媛県松野町

カメラ 6×4.5  レンズ 48~85mm

 

滑床渓谷は気に入りの場所で、食事も出来、風呂もある便利な場所で、ブルーフィルタで風景を撮り、竹内先生にボロカスに言われた事もある思い出深い所です。風景を広く撮っていましたが、先生にどこが良いのか絞り込むように言われて写した一枚です。カメラはペンタックス6×4.5です。

時が流れ、先生方も代わられ、写真家連盟も二分割となり、フィルムからデジタルへと替り、発色の違いに苦労しています。使っているカメラはペンタックス645NⅡとペンタックス645Zで、デジタルは黄色が強く出るので、風景にはどうかと思っています。なにか良い方法があれば教えて下さい。「あの時」から「今時」になり、すみません。

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あの日あの時 (図録収録作品より) ―写しとめてきた日本の自然風景―            

「渓流に咲く」

会員No.203025 平山 務

 

第19回『四季の彩り』展(2006年)出展作品

撮影場所 栃木県奥日光湯川 

カメラ 6×4.5  レンズ 80mm~160mm

 

2006年、第19回『四季の彩り』展に初めて参加させて頂いた思い出深い一枚です。

入会間もない例会で、竹内先生に日光方面での撮影作に「再三再四の挑戦でキット何か見えるものがあります。」の講評を賜り、以来栃木、福島方面に度々訪れ今に到ります。

この作品は、小田代の帰り、バスを途中下車、湯川の橋附近での一枚で、「光、露出、シャッタースピード」等で作品らしくなるものだ、と自分なりに意識できたものです。

諸々の事情に依り、車中泊などの撮影行が叶わない昨今ですが、いまだに何も見つけられてないので、もう少し頑張ってみようと思います。皆様方のご指導を宜しくお願いいたします。